手越祐也ファンでなく、手越担でいたかっただけの話
世間は、夢の国と呼ばれるディズニーランドのチケットを求めて躍起になっています。
SNSを見ると私の周囲でも、ゲットできただのできないだの投稿しています。
タイミング良く閉園前に一緒に行った友人たちも、「今度はシーに行こうね」と盛り上がっています。
そこで私は思うのです。
私にとってのディズニーランドには、もう一生行くことができないのだと。
私は携帯の画面を見て血の気が引いた経験が三度あります。
一度目は小山慶一郎さんの謹慎。
LINEのオリコンニュースの通知だったな。
友達との下校途中、ふと画面を付けたらパッと文字が目に入って、ラッシュ時のターミナル駅だったからNewDaysの脇に寄って(即冷静な判断偉い)友達に「どうしよう…」って画面見せたの覚えてる。
「とりあえず話そう」って言ってくれて、激混みのマックにドリンクだけで一時間居座った。申し訳程度にポテトも頼んだ。
二度目は手越祐也さんの活動自粛。
これについてはあんまり覚えてない。
最近の話なのに、その後があまりにも怒涛過ぎた。
Twitterを数時間前のツイートから遡って直前まで辿り着いたとき、みんなのツイートが急に曇って、それでジャニネ開いた気がする。
三度目は言うまでもなく手越祐也さんの退所。
これまたLINEのオリコンニュースの通知だった。
課題をやっていて、ふと画面付けたら通知が…と、一度目と同じ流れ。
ただひとつ違うのは、その血の気が引いた感覚が一日経っても二日経っても、一向に治らなかったことだな。
そんなあの日から、どうやら一週間たった模様です。
もともと彼の言動には、好きなところと嫌いなところがあった。違う人間だから仕方がないことよね。
でも今回で、嫌だと思ったり心の底から批判したい気持ちの比率のほうが勝ってしまった。好きの比率より勝ってしまった。
私は自分の意見をはっきり言いたい人間で、ディスカッションでも発言するし、相手にもよるけど違和感を感じたら指摘します。
そんな私は会見が苦手で、実は彼の会見も全く見ていません。なぜ苦手かというと、上に書いたとおりの人間だからです。
言いたいこといっぱいあるのに、記者じゃないから質問も指摘もできない。しかも、記者の質問が頓珍漢だったりすると、私の中の豊田真由子元議員が出陣してしまいます。(この表現友達にウケてから頻出させてる)
火曜は課題で日付変わるギリギリまで戦っているから、そもそも後から見る予定だったけど、みんなのツイートからどんなものか分かってしまったし、文字起こしも見たけどもうおなか一杯。
ただでさえ連日吐きそうなのに、これ以上詰め込んだら溢れてしまうからやめました。
私は思ったことを言いたいし、いちいち指摘したい人だから、彼が会見で言った一言一言に突っ込みを入れたいです。
さっきの話と辻褄合ってない部分とか、失言と捉えられる言葉とか、その気持ちからその言動に移すのは間違えではないかとか、色々全部その度に異議ありって挙手したい。
ネット上のNEWS担しかそれをやってくれる人はいなくて、「みんな任せて、私が言ってやるから」って会場にカチコミに行きたかった。
でも、そうしたいって思えるのは好きだからだよね、って気づいちゃった。
どうでもいい人だったら、あの人ヤバいから放っておこうってなるものね。
さっき「相手にもよるけど指摘します」って書いた「相手にもよるけど」はそういうことだよね。
好きだから、これ違くない?こうした方が良いよ、って言いたいんだよね。
好きだから突っ込みたいのに、このブログの内容を、彼の会見のここがおかしい!とか、この発言の意図はきっと…とかって内容にしなかったのは、何をしようが意味がないから。
そんなことしても、もう元には戻らない。
この愛は無力なんです。
仮に彼が指摘を聞いてくれたとしても、結果に繋がらなければ絶対に満足できません。
よく「いっそのこと、嫌だから辞めたと言ってくれれば納得できるのに」という嘆きを見るけど、私は「やっぱり僕はNEWSにいます」って言ってくれないと納得なんてできやしません。
文句言ってやりたいよ。3人の気持ちはどうなるんだ。ファンの気持ちはどうなるんだ。他にもここでは書ききれないほど色々暴言が出てくる。誹謗中傷って怒られちゃうくらいにね。
怒られるからやらないんじゃない、やっても意味がないからやないの。
STORYをやれていて、ファンの姿を見ていたら未来は変わっていたのかなと思うよ。
彼の両肩をつかんで、正面から目を逸らさずに、精一杯訴えかけられれば、と思うよ。
そんなタラレバ言っても変わりようがないから思いたくないの。
とにかく今の現実が変わらないことには、何も意味がないんです。
NEWSのもはや代表曲とも言えるほど認知度も高まってきた、ファンにもメンバーにも愛されている曲『U R not alone』がありますね。
その歌詞の大きなテーマとして「あなたは一人じゃない」が挙げられますが、これをただ文字の通り「周りに支えてくれる仲間や家族がいるよ」としか解釈してない人を見るとガッカリします。
日本人の国語力・読解力の低下が甚だしいってのを目の当たりにしている気分です。なんてね。
最後のサビに
ああどうか 力を貸してくれないか
昨日までの僕よ 共に乗り越えてきたじゃないか
とあります。
今年2020年は、計画性のない私が珍しく新年に目標を立ててしまうほど、勝負の年でした。
今年で人生が決まると言っても過言ではないので、頑張らないといけません。
歌詞にもあるように、私もきっとこの二十数年を昨日までの自分と乗り越えてきたから、今までと同じように乗り越えられると思っていました。
ただ、そのうちの約10年間、手越担として生きてきました。
人生の半分近くを手越担として過ごしてきたのです。
私にとっての昨日までの私は「手越担の私」です。
今までずっとずっと、私の人生の中にはNEWS手越祐也がいました。
私は一人じゃない、なぜなら過去の私がいるから。
でも、その過去の私は、あくまでも「手越担の私」なんです。
私が一人じゃないと思えたのは、昨日までの自分にNEWS手越祐也がいたからです。
手越担じゃない私なんて、小学校6年生の二学期まで遡らないと出てこないのよ。
そんなのもうとっくの昔に忘れ去ってる。
ただでさえ記憶力ないんだから、手越担やらずに何して生きてたか覚えてないよ。
どこもかしこもNEWS手越祐也でいっぱいだよ。
携帯もパソコンもウォークマンも、レコーダーも編集してないダビングしてない出演番組だらけ、空き部屋は溜まりに溜まった掲載雑誌が足の踏み場なく積みあがってる。
突然排除するにはあまりにも難しいほどの長い時間を、当たり前に過ごしてきた。
私のパーソナリティであり、アイデンティティだよ。
今まで手越担としてしか生きてきてないのに、これからどうやって生きればいいんだよ。
私は自分の人生の中でも、いま最も過酷な日々を過ごしています。
共に乗り越えてきた手越担の私として生きる道を断たれました。
会見後の深夜のOPENREC配信は、時間が合ったので見ました。
そこでの言葉で救われた人も大勢いたようだけど、私は救われなかった。
配信で「これからファンを絶対幸せにする」ということを、彼は仰っていました。
私は現状、手越祐也ファンではなく、NEWS手越祐也担当です。
手越祐也さんがこれから幸せにしてくれる対象外かもしれないなと思いました。
私はまだ、手越祐也に幸せにしてもらう自信がありません。
だからといって、自担がいなくなった3人のNEWSに幸せにしてもらう勇気もありません。
私は4人のNEWSに永遠に幸せにしてほしかった。それだけです。
99%、叶わない。
残りの1%に望みを託し続けることができません。
長い間100%叶うはずと皮肉にも彼の言葉を信じてきたから、突然そんな状況をどうもできません。
もっと言えば、増田貴久さん 加藤シゲアキさん 小山慶一郎さん のことも幸せにしてほしかった。
手越祐也がNEWS手越祐也として笑ってくれていれば、ただ隣にいてくれれば、きっとこの3人はそれを大きな幸せと感じてくれたはずだよ。
ずっと見てきてそう思うよ。
ここまで3500字近くを読んでくれた人へ、書こうかどうか迷ったことを書いちゃいます。
正直、つい一昨日まで、私は彼の不幸を願っていました。
これは私が裏切られたからではなく(それも含まないわけじゃないけど)、何よりも残った3人の境遇があまりにも可哀想で悔しくてたまらないからです。
私たちでこんな気持ちなんだから、3人は一体どれほど苦しんでいるだろう。
どうしてあんなに素敵な3人が心を痛めなければいけないの?
こんな酷いことがあってたまるかと思っています。
私の好きな人ランキングは長いこと、1位手越祐也、2位増田貴久 加藤シゲアキ 小山慶一郎、でした。
そんな好きな人たちが傷付けられてるのを許せるわけがないんです。
原因が1位の人だとしても。
でも、今回これを書くにあたって少し考えを変えました。
手越祐也さんも幸せになってください。
ただし、3人の次に幸せになってください。
世界一幸せな3人を見て、後悔し続けてください。
NEWSに自分がいないことを、悔やんで悔やんで未練を持ち続けてください。
その部分を除いては今以上に幸せになってください。
本当は10年ぴったりの日になったら、思い出をつづったブログを上げたかった、私の最後のわがままです。
私は4人のNEWSが大好きでした。
NEWSにいる手越祐也が大好きでした。
約10年間、私の多感な10代とやらは、4人のNEWSと、NEWSの手越祐也と共にありました。
ここまで書いておいて、私の進路は明確に決定していません。
彼が本格的に動き出したら、手越担じゃなくてもいいじゃんと思うかもしれません。
手越担として生きた後を、改めて手越祐也に託そうと思うかもしれません。
むしろそうなったら手越担だった頃がちっぽけに感じるほど、長い年月を共にするかもしれません。
でも少なくとも今の私は、まだまだ手越祐也ファンでなく、手越担でいたかっただけの話です。
4人のNEWSありがとう。
NEWSの手越祐也さんありがとう。
昨日までの私、ありがとう。
もう二度と行くことのできない、私にとっての夢の国。
そこで見た景色を、私はいつまでも忘れないでしょう。